「接客研修をしたい」そんなご相談をいただく際、多くの場合、話題に上がるのは言葉遣いや挨拶・お辞儀・立ち居振る舞いといった「接客スキル」です。
もちろん、上に挙げた要素はどれも大切なものです。
けれども、具体的なスキルを考える前に、一度立ち止まって考えてほしいことがあります。
「私たちは、お客様にどんな会社・ブランドだと思ってもらいたいのか?」という問いです。
今回は、企業の人材育成やブランドコミュニケーション設計を行う合同会社Hestia代表・内山歩美と、ホテル・百貨店・ブライダル業界などで印象設計や立ち居振る舞いを指導している野原遥氏が、「ブランド」と「接客」の関係について対談を行いました。
「正しい接客」と「その会社らしい接客」は、同じではない
内山:接客研修というと、「正しいお辞儀」「正しい言葉遣い」「正しい立ち方」などを教えるイメージがありますよね。
もちろん基本として必要ですが、私は最近、「正しい接客」を教える前に考えるべきことがあると思っているんです。
野原:すごく分かります。「その会社にとって、どんな接客がふさわしいのか」ということですよね。
私も立ち居振る舞いを指導するとき、基本の姿勢や歩き方はお伝えしますが、すべての企業で全く同じ動きをすればいいとは思っていません。
例えば、静かで落ち着いた時間を提供するホテルと、明るく活気のあるサービスを売りにする施設では、スタッフの歩くテンポや表情、見え方も変わってきます。
内山:そうなんですよね。だから私は、「正しい接客とは何か?」より先に、「私たちらしい接客とは何か?」を考える必要があると思っています。
例えば、言葉遣いひとつをとっても、格式を大切にするブランドと、親しみやすさを大切にするブランドでは、適切なコミュニケーションは違いますよね。
野原:所作も全く同じです。
姿勢や歩き方・立ち居振る舞いなどにおいて守るべき基礎はありますが、そのうえで「どんな印象をお客様に与えたいのか」によって表現の仕方は変わります。
立ち居振る舞いは、単に美しく見せるためだけのものではなく、その場の空気や印象をつくるものでもあるんですよね。
「丁寧に接客しましょう」では、人によって答えが変わる
内山:接客研修やマニュアルでよく使われる言葉に、「丁寧な接客を心がけましょう」というものがあります。
でも、よく考えてみると「丁寧」ってかなり曖昧ですよね。
ある人にとっては「敬語をしっかり使うこと」が丁寧かもしれませんし、別の人にとっては「相手の話を最後まで聞くこと」かもしれません。
野原:動きについても同じことが言えますね。
「丁寧な所作」と言っても、単にゆっくり動けばいいわけではありません。
例えば物をお渡しするときも、相手が受け取りやすい位置を見る、物を乱雑に扱わない、相手に身体や意識を向ける。
細かく見ていくと、同じ「丁寧さ」を表現する所作でも動きが変わってきます。こういった細かな所作の積み重ねによって、お客様は「丁寧に扱ってもらった」という印象を持つわけですよね。
内山:印象を設計する際には、「丁寧」「親切」「プロフェッショナル」こういった抽象的な形容詞を分解して考える必要がありますよね。
私の場合、研修ではまず「私たちは、お客様にどんな印象を持ってもらいたい会社なのか」を考えてもらいます。例えば、
- 安心感がある
- 親しみやすい
- 洗練されている
- 活気がある
- 上質だけれど緊張しない
など、同じサービス業でも、目指すイメージはさまざまです。
野原:確かに、同じ業種でも目指すブランドイメージは違いますよね。
そこを考えずに、画一的なマナーを教えてしまうのは、人材のバリューを引き出すという観点ではかなり勿体ない気がします。
例えば、「親しみやすさ」を重視したいのに、表情や動きがあまりにも形式張っていたら、逆にお客様に距離を感じさせてしまうこともあります。
一流のホテルでも、ブランドイメージの認識は意外と揃っていない
内山:実際、研修で「皆さんの会社やホテルは、お客様にどんなイメージを提供していると思いますか?」と質問すると、結構答えが分かれるんです。
大手のホテルでさえも、先輩スタッフと後輩スタッフで違う言葉が出てくることがあります。
野原:それは面白いですね。
私は海外のホテルもよく利用しますが、確かにブランドイメージに関する研修にかける予算などは、日本より海外の方が多い傾向にあると聞きます。
ブランドへの認識が違えば、顧客対応の判断軸も変わってきそうですね。
内山:そうなんです。
例えば、あるスタッフは「高級感」を強く意識して、かしこまった言葉遣いをする。
一方で別のスタッフは「親しみやすさ」を大事にして、フレンドリーに接する。
どちらも本人なりにはお客様のためを思っている。
でも、お客様から見ると、接するスタッフによって受ける印象が大きく違ってしまう可能性があります。
野原:立ち居振る舞いでも起こりますね。
同じ空間の中で、一人は非常に落ち着いた動きをしているのに、別の人がバタバタと歩いていると、その人だけの問題ではなく、空間全体の印象が変わります。
質の高いサービスが求められるホテルやレストランでは、スタッフ一人ひとりの佇まいが、その場所の空気をつくっているんです。
だから「所作を整える」というのは、スタッフ個人を美しく見せるためだけではありません。
そのブランドがつくりたい空間を、スタッフ全員でつくることでもあると思っています。
接客は「人を通じたブランドコミュニケーション」
内山:企業は、ロゴやWebサイト、広告については本当によく考えますよね。
「この写真はブランドに合っているか」「このコピーでいいのか」「この色は私たちらしいか」と細かく検討します。
ところが、お客様が実際に会社や店舗に来た瞬間、ブランドを伝える主役はスタッフになります。
野原:私が印象設計についてお伝えさせていただくときも、考えるのはまさにそこです。
お客様は企業が打ち出している印象、つまりホームページや看板だけを見ているわけではないんですよね。
実際にサービスが提供される場の空気感、スタッフの表情、姿勢、歩き方。こういった、広告媒体ではコントロールできない部分で、ブランドイメージというものは判断されてしまいます。
内山:そうですね。現場での顧客体験も含めてブランディングです。むしろ、現場での顧客体験の方がお客様にとっては強烈に印象が残りますよね。
ブランドは広告の中だけにあるものではなく、企業が大切にしている価値や世界観が、お客様との接点すべてに表れている状態が理想だと思っています。
マナーは「守るルール」ではなく、思いを伝えるための方法
内山:そう考えると、マナーの位置付けも少し変わりますよね。
「決まりだからお辞儀をする」
「研修で習ったからこの言葉を使う」
ではなくて、「私たちはお客様に安心してほしい。そのために、こういう言葉や伝え方を選ぼう」になる。
野原:はい。所作においても「正しい角度だからこのお辞儀をする」だけではなく、
「相手への敬意を伝えたい。そのために、この姿勢や目線、動きを大切にしよう」
と考える。そのほうが、形だけではない自然な立ち居振る舞いになります。
内山:そうですね。研修はブランド → 顧客体験 → コミュニケーションという流れで行うのが効率的だと思います。
まず、「私たちはどんな会社でありたいのか」「お客様にどんな感情を持って帰ってもらいたいのか」を考える。
そのうえで、それを言葉や対話にどう表すのかを考えていく。
野原:私の研修では、それを見た目や印象ではどう表現するのか。
表情、目線、姿勢、立ち方、歩き方、物の扱い方などに落とし込んでいくことになりますね。
内山:そうですね。野原さんと私では専門領域が少し違いますが、だからこそ一緒に研修をすると相乗効果を生むと思っています。
接客研修の前に、スタッフ同士で話してみてほしいこと
接客品質を高めようと思ったとき、すぐにマニュアルを作ったり、マナー研修を実施したりする企業は少なくありません。
もちろん、それらも必要です。
でも、その前に一度、スタッフの皆さんで話してみてはいかがでしょうか。
「私たちの会社は、お客様にどんな会社だと思ってもらいたい?」
そして、
「そのイメージを届けるために、私たちはどんなコミュニケーションを取ればいいだろう?」
さらに、
「それを、言葉・表情・目線・姿勢・動きで表現するとしたら?」
最初から答えがきれいに揃う必要はありません。
むしろ、それぞれが考えていることを出し合い、認識の違いに気づくことから始まります。
そこから会社として大切にしたい顧客体験を言語化し、実際のコミュニケーションや印象設計に落とし込んでいく。
そうすると、マナーや接客スキルは単なる「守るべきルール」ではなくなります。
自分たちのブランドを、お客様の目の前で表現するための方法になる。
接客品質を高めたいと考えたときこそ「正しい接客とは何か?」だけではなく、「私たちらしい接客とは何か?」から考えてみることが、最初の一歩なのかもしれません。
野原 遥

株式会社The Trinity代表。ブライダル業界、百貨店、ホテルなどを中心に、印象設計、姿勢・ウォーキング・立ち居振る舞い・接客所作の研修を提供している。
内山 歩美

合同会社Hestia代表。企業の人材育成・研修、ビジネスコミュニケーション、ブランドコミュニケーション設計などを行う。企業が大切にする価値やブランドイメージを言語化し、従業員一人ひとりの言葉や対話、顧客とのコミュニケーションへ落とし込む研修・ワークショップを提供している。
